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これまでの説教
2017年10月29日  ローマ1 1:16〜17  
         「信仰によって義とされる」  田村 耕造

ただキリストのみ


 私たちがキリストを背負う前にイエスさまご自身によって私たちが背負
 われているのです。苦しみの中で、泣くことしかできない私たちひとりひ
 とりを背負っていて下さる。…「ただキリストのみ」とは、このようなキ
 リストこそが、私たち人間の唯一の拠り所だということです。


   このキリストは、栄光のキリストではない。弱い者と共に歩み、ともに
 泣き、むごたらしくも十字架にかけられて、私たちの身代わりとなって下
 さった、あのキリストです。このお方にのみ、私たちの拠り所、希望、救
 いがあるのです。


   このお方を信じることができる私たちは、何と幸せな者でしょうか。こ
 のような神を神とできる人間は、なんと幸せなことでしょうか。クリスチ
 ャンに限ったことではありません。すべての人間のために、現に、この神
 さまはおられるのです。クリスチャンはただ、そのことをほかの人よりも
 先に知ったただけのことです。


                       「五つの”ソラ”から」吉田 隆著

                        (115〜117頁)


2017年10月22日  テサロニケ一 4:9〜12  
         「落ち着いた生活」  田村 耕造


               

    今の時代、終わりの日のことより、南海トラフ地震や東海地震と言っ
 たことの方が気になるかもしれません。しかし、地震ばかり気にしていた
 ら、生活ができなくなります。再臨についても同じです。その日ばかり気
 にかけていたら浮足立った暮らしになります。大事なことは、何時その日
 が訪れてもいいように暮らすことです。


    パウロは、兄弟愛に生きること、また終わりの日を心に留めながら、
 落ち着いて暮らすことを勧めました。この二つ、どちらも、神さまを中心
 にする点でつながりがあります。神さまを中心にして生きることは、自分
 を中心にしたい私たちにとっては、素直に喜べないことです。しかし、私
 たちにとって最も幸いな生き方です。

  プロ野球シーズンも終盤向かっていますが、ある野球解説者がこんな
 ことを言っていました。「歴代の強いチームには規律がある。」私たちの
 場合、規律とは、何でしょうか。それは、「どのような時も、神さまを信
 頼して神さまを中心に生きようとすること」ですね。その規律をしっかり
 守ることで、いつ終わりの日が訪れてもいい暮らしになっていきます。




2017年10月15日  テサロニケ一 4:1〜8  
         「神さまが喜ばれること」  田村 耕造

 
                    
  
    私たちは、創世記の初めのあたりの言葉が示しているように、神さま
 がおられるからこそ存在することができます。ですから、どういう人も、
 元々神さまとつながりをもっています。清い神さまとつながりをもってい
 ます。そういう者として生きるためには、克服しなければならない課題が
 あります。その一つが情欲です。


    しかし、それは、自分で克服することは難しいことです。それで、パ
 ウロは真剣に神さまに助けを求めました。そうすることで、課題を克服す
 ることができました。その恵みと喜びを知ったからこそ言うのです。…「
 これらの(私の)警告を拒む者は、人(私)を拒むのではなく、…神を拒
 むことになるのです。」


    そのように言うことで、私たちに、手に負えない事について、何をど
 うしたらよいかを教えてくれています。神さまに真剣に助けを求めるなら
 、自分ではできない事もできるようになる事を教えてくれています。パウ
 ロを信じて、いや、パウロを支えた神さまを信じて、何事においても、神
 さまに助けを求めながら歩みたいと思います。




2017年10月8日  テサロニケ一 3:1〜13  
         「持ちつ持たれつ」  田村 耕造

              

  2節に「神の協力者」という言葉がありますが、神さまは全能の方です
 から、御自分だけでどういう事でも成し遂げることがおできになります。
 しかし、あえて、私たちを協力者としてお求めになります。そうすること
 で、私たちと共にみ業を進めようとされます。


   それは、効率の面から言うと、決して良い方法とはいえません。私たち
 を協力者にするのですから、神さまが願われるようには事が進まないこと
 も起こるからです。それでも、私たちを協力者にしようとされます。それ
 は、私たちと共に歩みたいという思いがそうさせるのです。


   神さまは、私たちのような不確かな者を、大胆にも当てにしてみ業を進
 めようとされます。私たちを、どこまでも頼りにしてくださいます。私た
 ちとあえて持ちつ持たれつの関係をもって、共に歩もうとして下さいます
 。その深い御心を励みにしながら、終わりの日には、完全なものにされる
 という、身に余る恵みに与ることを楽しみにして歩んでいきたいと思いま
 す。




2017年10月1日  テサロニケ一 2:17〜20  
         「熱い心で結ばれて」  田村 耕造


             

   バチカンのサン・ピエトロ大聖堂の写真を眺める事があります。その
 たびに思わされることがあります。それは、人は何故これ程のものを造る
 ことができるのかという事です。自問してたどり着く答えは、神さまが私
 たち人間にして下さったことを思うなら、どれほどのことをしてもし過ぎ
 にはならないという感謝の思いが、あのような華麗にして荘厳な建築物を
 生み出したのではないかという事です。


   パウロの伝道への熱い心もそうした思いと根っこでつながっている気が
 いたします。パウロは、思いがけない仕方で神さまのみ心を知りました。
 神さまの赦しのみ心の奥深さに触れて、圧倒されました。み心に応えずに
 おれない思いになりました。それで、それまでにも増して熱い心で伝道す
 るようになりました。その熱い心をテサロニケ教会の人たちは受け止めま
 した。


   私たちも、心熱くなるものを神さまから頂いています。主イエスが私た
 ちのところに来て下さった事です。そのことで、神さまが、私たちの事を
 我が子として愛して下さっている事が明らかにされました。その事実が私
 たちの心を熱くします。そして、その熱い心こそ、私たちがこの世を生き
 る原動力です。いろいろ大変な事があっても、それを乗り越えていける力
 の基です。




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