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これまでの説教

2018年5月27日  マタイによる福音書 6:12〜15 
         「赦された者として」  田村 耕造


            

  「今日の糧が与えられること」を祈り願うことに続いて、「罪の赦しを
 願う祈り」をしなさいと主は言われました。「食べること」と「罪の赦し
 の願い」はどちらも私たちが毎日暮らしていく上で欠かせないからです。
 ただ、私たちの正直な気持ちからすれば、食べ物は欠かせないと思うけれ
 ど、罪の赦しがないと生きていけないという風には思わないのではないで
 しょうか。


   その事は、私たちが、神さまと距離を置いて生きている事を良く表して
 います。私たちは、自分中心に生きようとします。自分中心な思いを一番
 底に抱えながら、毎日暮らしています。そうやって、神さまに対して負債
 を増やし続けています。その額はもはや返せない程になっています。それ
 で、「赦してください」と願いなさいと主は言われました。


   父なる神さまは、自分中心な私たちにはもったいないような事をして下
 さいます、憐れんで良くして下さいます。絶対に失いたくないと思ってい
 てくださいます。愛する独り子イエスを、自己中心な人生が渦巻く私たち
 の世界の只中に送り込んで下さったのは、それを如何にもよく表していま
 す。父なる神さまのご愛を信じて、赦しの心を信じて、罪の赦しを求める
 祈りを欠かさない毎日を過ごしていきましょう。




2018年5月20日  ヨハネによる福音書 14:25〜31 
         「目が開かれる」  田村 耕造


               聖霊の働き

          (5/16の「聖書と祈り」の学びより)

   聖霊は、「弁護者」と言われています。私たちを弁護してくださる方だ
 からです。やがての日、私たちは神さまの前で如何に生きてきたかを問わ
 れます。その時のことを思うと、私たちは自信がありません。しかし、聖
 霊が私たちのことを弁護してくださいます。ですから、かの日を不安では
 なく平安を持って迎えることができます。


   また、聖霊は「真理の霊」とも言われます。主イエスにある真理を、私
 たちに明らかにしてくださるからです。主イエスのことは、私たちは自分
 の力で理解することはできません。聖霊によってはじめて分かるようにな
 ります。腑に落ちます。主の言葉も業もすべての人の為、ですから自分の
 為でもあったことに気付かされます。


   主は、「わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる」と言われ
 ました。主の姿が見られなくなることは、寂しく感じ心細く思うことです
 が、結果としては、主が居られた時よりも一層主の事が分かるようになり
 ます。更に、いつでもどこでも、主が私たちと共にいてくださることにな
 ります。ですから、主が去られたことは私たちのためになることでした。

            



2018年5月13日  マタイによる福音書 6:11  
         「父よ、今日の糧を」  田村 耕造

                  
   私たちにとって、食べることは欠かせない事です。ですから、主は私た
 ちについての祈りの最初に、食べることで祈り願っていいと言って下さい
 ました。「今日必要な食べ物をお与えください。」それは、今日を精一杯
 生きることができるようにして下さいという願いが込められた祈りです。

  私たちは、自分の生活は、自分でどうにかしなければと考えやすい。し
 かし、主のお考え、父なる神さまのお考えは違います。荒れ野でマナが与
 えられたことは、現代に生きる私たちの為でもありました。人は、父なる
 神さまに養われ生かされる。それを、私たちに知らせる為でした。


   天の父は、肉親の父がわが子の日々が無事成り立つ事を願う以上に、私
 たちの日々が無事成り立つ事を願っていてくださいます。信じて、「今日
 を精一杯生きることができるようにして下さい。明日の事は、神さまの領
 域なのでお委ねします。」という自分の分をわきまえた祈りを、日々心を
 込めて献げましょう。



2018年5月6日  マタイによる福音書 6:9〜10  
         「天の父に向き合う」  田村 耕造


   主はどう祈ったらいいのかを教えて下さいました。「天におられる、私
 たちの父よ」と呼びかけることを教えて下さいました。それは、私たちの
 どんな想像もこえておられる。特に、私たちを愛して下さる点で、私たち
 の想像をはるかに超えておられる愛情あふれる方という意味です。


   自分の事ばかり祈りたがる私たちに、自分をまず大事にしようとする私
 たちに、自分を大事にするためにも、まず、父なる神さまが、神様として
 尊ばれますように祈りなさいと教えて下さいました。神さまを一番大事に
 することが、自分を大事にする道です。人間の考えにはない逆説的な理屈
 ですが、此処に真理があります。


   主は身体を張って、私たちのような自分中心に生きる者の言葉が神さま
 に届くようにして下さいました。十字架で命を捨てて、私たちの罪をつぐ
 なうことで、私たちが神さまに実の子のように扱って頂けるようにして下
 さいました。そうやって、私たちが、天地の創造主なる神さまに向かって
 、親しく「天の父なる神さま」と呼びかけて祈ることができるようにして
 下さいました。


                                     


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