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これまでの説教

2018年4月29日  マタイによる福音書 6:5〜8  
         「天の父に向き合う」  田村 耕造


                    

   ユダヤ人達は、一日に三回決まった時間に祈りの時を持っていました。
 そのため、街中で祈りの時間を迎えることもありました。そのような時、
 人を意識して祈ることが起こりました。信仰深い姿を見てもらおうとして
 祈ることが起こりました。偽善的な祈りです。


   主イエスはそのような現実に対して、「密室の祈りをささげることを心
 がけなさい」と言われました。密室の祈りは、心がけでいつでもどこでも
 出来ることです。それは、人ではなく父なる神さまにしっかり向き合うこ
 とです。主イエスご自身が常になさっていたことです。


  主イエスはまた言われました。「父なる神は、あなた方が何を必要とし
 ているかご存知である。」その事を信じるなら、あれもこれももれなく祈
 らなければという窮屈な思いから解放されます。むしろ祈ることが出来る
 という特権に感謝できる者にされます。そして父なる神さまを信頼して、
 ありのままの自分をみ前に持ち出せるようになります。




2018年4月22日  マタイによる福音書 6:1〜4  
         「神の報いを待ち望む」  田村 耕造


                   

   貧しい人たちに施しをする時、「人に見てもらおうとするような偽善者
 の心でしないように。」と主は言われました。そうしないと、人から評価
 を受けることで終わってしまって、神さまからの報いを受けることが出来
 ないからです。神さまが知っていて下さるということで満足して、施しを
 しなさいという事です。


   また、施しをする時は、「右手のしていることを左手に知らせないよう
 に」と言われました。他人に分からないようにするだけでなく、自分にも
 分からないようにして、ただ神さまに向き合いながら行いなさいと言われ
 ました。それもまた、神さまからの報いだけを受けるためです。


   神さまからの報いだけを信じて待ち望む生き方は、何時どういう形で報
 いを頂くことになるのか分からないので、頼りなく思えます。しかし、信
 仰に生きるということは、どうなるか分からなくても、神さまを信頼して
 神さまに身を委ねるということです。何故なら、神さまはすべてのものを
 公平に正しくご覧になりながら私たちを支配して下さっているからです。




2018年4月8日  マタイによる福音書 5:38〜48  
         「天の父の子らしく」  田村 耕造


              

   子供の頃、友達に足を踏まれたら、踏み返すような事をしたことはない
 でしょうか。たわいもない事です。しかし、その中に、たわいもないもの
 と片付けられないものが潜んでいます。やられたらやり返さないではおれ
 ない思いです。愛が無い者の生々しい姿です。しかし、そういう私たちが
 、神さまにとっては、大事な一人一人です。…「父は悪人にも善人にも太
 陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」
 (45節)

 父なる神さまにとって、敵はいません。私たちのどの一人も、愛するわ
 が子です。その御心を、主イエスの生涯、特に十字架で示されました。父
 なる神さまに愛されています。その愛を信じるなら、私たちも、主がここ
 で言われたような積極的な生き方ができるようになります。キング牧師の
 ようなことは出来なくても、私たちなりに人を愛せるようになれます。


   私たちは、主の犠牲によって、自分の全てが神さまのものとされていま
 す。父なる神さまの者、子とされています。ですから、自分にふさわしい
 幸いな人生が歩めるようにして頂いています。信じて、神さまの恵みとご
 愛に応えようとすることで、主がここでお求めになった事ができるように
 なります。敵のように感じられる人であっても、憎んだり愛したりしなが
 ら、自分を愛するように、その人を愛せる者に変えられていきます。




2018年4月1日  ルカによる福音書 7:11〜17  
         「イースターの恵み」  田村 耕造


                  イースターとは

           

   キリスト教信仰にとっては、主イエス・キリストの誕生を祝うクリスマ
 スではなく、主が死から甦られた事を覚えるイースターが最も大事な日で
 す。

   イースターは移動日で325年に開かれた世界教会会議(ニカイア会議)
 で、春分の後の最初の満月の次の日曜日と定められました。

 Easter(イースター)の語源は、ゲルマン神話の春の女神(Eoster)にちなん
 でいると言われます。その女神の祭りは春分の日に行われていました。そ
 れをキリスト教が取り入れて主の復活と結び付けたようです。その背景に
 は、自然界が春に甦ることも関係しているようです。


   イースターと言えば、卵を用意しますが、それは、主イエス・キリスト
 が十字架の上で死なれて三日目に復活された出来事を、ちょうど鶏のひな
 が卵の殻を破って生まれることのように受け止めて、主が死という殻を打
 ち破られたことの象徴として、卵を用います。

  
   主の復活が早朝であったことから、イースターには、早天礼拝を行う教
 会があります。



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