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これまでの説教

2018年12月30日 ルカによる福音書 2:22〜40 
         「シメオンの信仰」  田村 耕造


           

  シメオンが見通したように、神の子が人々に受け入れらないという悲し
 い事が、事実起こるにもかかわらず、み業は進んでいきます。人の世が、
 どうなったとしても、誰が力をふるったとしても、父なる神さま以上の力
 をもって世を治め続ける者はいないからです。


   シメオンは、聖霊に導かれてそうした神さまのみ業を幼子に見ました。
 それで、将来に希望が与えられて、本当に嬉しくなって、心から何時人生
 が終わっても構わないという思いになりました。それは、神さまのなさり
 方をそのまま受け入れることができた者に与えられるまことに平安な心境
 です。


   シメオンの信仰にならいたいと願います。希望を持ちにくい状況でも、
 ひたすらに神さまのご支配を信じて、み業が進んでいくことを信じて、新
 しい年を迎えたい。そして、1月6日にはまた、健康が支えられて、一年最
 初の礼拝をご一緒にささげることが出来たらと思います。




2018年12月23日  マタイによる福音書 2:1〜12 
         「星に導かれて」  田村 耕造


              

一年を振り返る時、自分は大事(だいじ)と言えることはできていない
 と思われる方が多いかもしれません。しかし、神さまに、主イエスに、心
 を向け続けたのであれば、占星術の学者たちのように、まるで人生の大事
 (だいじ)を果たし終えた人のように満ち足りた思いを持って、安らいで
 いいのです。


   クリスマス、それは、私たちが神さまの導きに中で生きていることに改
 めて気付く時です。私たちは、折々に振り返るなら、自分の努力や心がけ
 だけではどうにもならないことがありながらそれでも何とか暮らしが成り
 立っていることに気付かされます。神さまの導きを覚えずにおれません。

  自分の力で生きようとすることも大事ですが、それ以上に、神さまの導
 きを信じて、生かされようとすることが大事です。その二つがあって、私
 たちは、色々あっても、満ち足りた思い、また心の深い所にどっしりとし
 た安らぎがある毎日を過ごせるようになります。一度限りの人生が、そう
 いうものになることを祈り願いましょう。
   



2018年12月16日  マタイによる福音書 11:1〜6 
         「来るべき方」  田村 耕造


          

                     献げ尽くす旅を

 遠い旅をして

 学者たちは救い主のところにたどり着きました。

彼らは飼い葉おけに横たわる幼な子の前にひざまずき

故郷から携えてきた贈り物、黄金、乳香、没薬を献げたのでした。

それは彼らにとって、全財産に匹敵する宝物でした。

それらを差し出したあと、まるで人生の大事を果たし終えた

人のように帰って行きました。満ち足りて。安らいで。


父なる神さま、私たちにも、生涯をかけて自らを

あなたに献げ尽くす旅をさせてください。

御ひとり子を賜った恵みに応えて。


                   「祈りの小径」小島誠志著より



2018年12月9日  マタイによる福音書 10:40〜42 
         「この小さい者の値打ち」  田村 耕造


                 

  聖書は、マリアについてこのように記しています。「身分の低い、主の
 はしため」(ルカ1:48)マリアは、神さまの御子をこの世に誕生させると
 いう大きな業には、小さすぎる存在に思えます。ユダヤ社会の中で、普通
 の一人のおとめに過ぎません。しかし、神さまは、そういう小さな存在で
 あるマリアを用いようとされました。


   私たちも、小さな存在です。この五日市の町に一体どれほどの影響力を
 持つのだろうかと思ってしまいます。しかし、私たちは日曜日ごとにこの
 地で礼拝を続ける事ができています。それは、神さまが、私たちを用いて
 み業を進めておられるということです。浄土真宗の信仰が根付いている土
 地ですが、神さまが働いておられるということです。


   小さな者を用いて下さる神さまに、心を向けましょう。弱さや小ささを
 抱えていても、神さまは用いて下さいます。そして、日々私たちに向き合
 っていて下さり、「できないことが一つもない」御力を持って導き支えて
 くださっています。信じて感謝して、平安を持って歩み始めましょう。



2018年12月2日  マタイによる福音書 10:34〜39 
         「主のものにふさわしく」  田村 耕造

      
                    

アドベントを迎え、主がこの世に来られたことが、私たちの人間関係に
 剣を投げ込むような事態をもたらしながら、主ご自身こそが、人間の罪と
 いう剣の犠牲になって下さったことで、私たちが、罪赦されて生きること
 ができるようになった事を心に留めましょう。


   シメオンは、その事を幼いイエスを抱いた時、母マリアに向かって預言
 しました。…「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり
 立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとし
 て定められています。あなた自身も剣で心を刺し貫かれます。多くの人の
 心にある思いがあらわにされるためです。」(ルカ2:34-35)


   主イエスの誕生があり、十字架があって、私たちのような自己中心な人
 生観を捨てられない者が、神さまを信じながら、家族との関係も成り立た
 せることができる道が造り出されました。罪人が赦される道が造り出され
 ました。主の誕生が、その事に向けての出来事であったことを深く心に留
 めながら、今年もクリスマス・シーズンを過ごし始めましょう。



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