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これまでの説教

2018年11月20日  家庭集会より
ヨハネによる福音書9:3/創世記1:1〜3


           

   弟子たちは聞きました。誰のせいでこういう結果になったのですか。
 それに対して、主は答えられました。「神のみ業が現れる為である。」
 この人の状況は、神がこれから御業を行われる始まりの地点です。神は人
 間の現実のただ中に来られ、関わられ、創造の業をなさる方です。


   ヨセフの生涯を通して見えてくるのは、神の業は人の目にはまっすぐ前
 進しているようには見えないということです。しばしば停滞し、ある場合
 には逆流しているようにさえ見えます。
 兄たちの策略、主人の妻のざん言。人間の罪が混沌を生み出します。
 しかし、神の業はそう言う混沌を貫いて、用いて進められます。


  神は創造される神です。神はむかし世界を創造された神というのでは
 ありません。神は今も世界を創造しつつある神です。人間世界の闇、混沌
 を神の霊が包み、何事かを起こすべく動いておられます。世界の混沌、人
 間の罪の闇の現実から光を創造されます。混沌を用いてです。

            「55歳からのキリスト教入門」小島誠志著 19-30頁より

   



2018年11月18日  マタイによる福音書 10:24〜33 
         「人を恐れず神を恐れる」  田村 耕造


          

  主は伝道に出かける弟子たちを、励まそうとして、神さまが共に居て下
 さることを強調されました。「覆われているもので現されないものはなく
 隠されているもので知られずに済むものはない」と言われました。神さま
 がなさる事の中に真理があるということは、必ず明らかになる。隠れたま
 まにはならないと言われました。


   最近の若い方たちは、友だちと一緒にいる時、余り自己主張しないとい
 う事を聞いたことがあります。嫌われないためだそうです。しかし、それ
 は若い人に限らないことではないでしょうか。会社で、友だちとの付き合
 いで、また近所付き合いや子どもが通う学校関係の人たちとのつきあい等
 で人に嫌われることを恐れるようなことになっているのでは?


   そういう私たちに主は言われました。「神さまは、「なたがたの髪の毛
 を一本残らず数えておられる。」あなた方の髪の毛一本にまで関心を持っ
 ておられる。あなた方のことを本気で心にかけておられる。だから、「人
 を恐れないように、恐れるなら神さまを恐れなさい。」と言われました。
 なぜなら、神さまは信頼できる方だからです。何が起こっても私たちと共
 にいて下さるからです。




2018年11月11日  マタイによる福音書 10:16〜23 
         「はなむけの言葉」  田村 耕造


    

  私たちは祝祷によって、この世に遣わされます。周りの人たちに福音を
 伝えようとします。そうすると、堅い壁にぶつかります。主はそれが分か
 っておられたので希望を与えて下さいました。…「言うべきことは教えら
 れる」、「最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」現実は厳しい。それでも、
 その現実に負けない神さまが共におられる。そう語られました。


   主の目には、伝道の厳しい現実と共に、その現実を神さまが支配してお
 られることが見えていました。だからこそ、狼に例えられるこの世に羊の
 ような私たちを遣わされます。そしてご自身羊、それも屠り場に引かれる
 羊になられることで、神さまの義しいご支配、筋の通ったご支配がこの世
 に行き渡るようにされました。


   私たちはそういう世界の中で、毎日暮らしています。その事を幼子のよ
 うに素直に信じて、忍耐して生きるなら、救いにあずからせていただけま
 す。神さまに受け入れて頂けます。神さまとの関係が揺るぎないものにさ
 れます。年齢に関係なく神さまに対して、幼子の心で生きる志を持ちまし
 ょう。そして、愚直なまでに父なる神さまを信頼する生活をして行きまし
 ょう。



2018年11月4日  マタイによる福音書 10:1〜15 
         「平和があるように」  田村 耕造

      
                    

   主は弟子たちを伝道に送り出すにあたって、「家に入ったら、『平和が
 あるように』と挨拶しなさい。」と言われました。弟子たちが口にした『
 平和があるように』という言葉は、実際力を持ちました。それは、その言
 葉は、神さまに由来していたからです。神さまが主イエスによって与えよ
 うとされた恵みは、何よりも平和でした。私たちが神さまと平和な関係に
 なることでした。


   神さまとの平和、それは、私たちが何より望んでいる事ではありません
 でした。しかし、どうしても必要なものでした。それで、神さまは、でき
 る限りを超えることをして下さいました。最愛の御子を十字架で犠牲にさ
 れました。そうやって、私たちの罪をつぐなって、私たちが神さまにまと
 もに顔を向けることができるようにして下さいました。


   世の中の事、自分の将来のことを考えていると、何かと不安になりやす
 い私たちです。しかし、神さまは、私たちのために、平和を作り出してく
 ださっています。罪に生きてしまう私たちを見捨てておられません。それ
 どころか、わが子として愛して下さっています。信じて、どういう日も平
 安に過ごしていきましょう。



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