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これまでの説教

2017年3月26日 マルコによる福音書12:28〜34  
         「あなたは、神の国から遠くない」  田村 耕造


             

   ユダヤ人たちは、十戒を誠実に守るために、たくさんの掟を定めて守
 っていました。ある時、主が律法学者の質問に答えて言われました。「あ
 なたの全てをもって、神さまを愛しなさい」また、「自分を愛するように
 隣人を愛しなさい」その二つを守るだけで神さまにしっかりつながって 
、神さまに喜ばれる人生を送る事ができると言われました。

  主は、人々がたくさんの掟を守るために大変な思いをしていた状況を
 変えようとされました。神さまと心を通わせる関係の中で掟を守れるよう
 にされました。それは、私たちのことで言うなら、キリスト者だから立派
 でないといけないという思いから開放して、神さまに愛されている事を信
 じることで神と人を愛する生き方ができるように導いて下さいました。


    私たちは、自分だけでは、神さまにしっかりつながって、神さまに喜
 ばれる日々を歩む事が出来ません。しかし、今や、主イエスによって、神
 さまに喜ばれる人生を歩む事が出来ます。主によって、罪が赦され、神さ
 まに造られた時の姿を取り戻すからです。また、神さまを心から愛する心
 を取り戻すから。更に、隣り人を愛する心も取り戻すからです。主によっ
 て変えられます。感謝です。




2017年3月19日 マルコによる福音書12:18〜27  
         「神の力を信じる」     田村 耕造


               

    今日の所で「あなたたちは、大変な思い違いをしている」という言い
 方が、繰り返されています。サドカイ派の人たちに向けて語られた言葉で
 す。しかし、私たちにも当てはまる言葉です。私たちも、神さまの力につ
 いて、思い違いをするからです。神さまがなさる事を、自分が理解できる
 範囲で解かろうとするからです。やがての日の出来事、甦りの出来事を、
 この世の延長線上で考えるからです。


   しかし、神さまは、私たちの理解力や経験で分かることをはるかに超え
 たことをなさいます。そして、私たちを新しくして下さり、私たちを新し
 い状況に生きる者にしてくださる。めとることも嫁ぐこともない在り方を
 するようにして下さる。天使の在り方ができるようにして下さる。慈愛に
 あふれた、力ある神さまだからです。


    神さまは、人の目には失敗としか見えない十字架の出来事によって、
 ご自分の予定通りに事をお進めになりました。人間の罪が渦巻く中で、御
 子が殺されていったにもかかわらず、私たちを救う道を作り出していかれ
 ました。私たちの毎日は、人の罪さえお用いになる力ある神さまのご支配
 の中に置かれています。その事を心に留めながら、感謝して、安心して、
 新しい週を過ごしていきましょう。



2017年3月12日 マルコによる福音書12:13〜17  
         「神のものは神に返す」     田村 耕造

   
                

  「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」主は、二つの事
 を言われたように思えます。しかし、大事なのは、後の「神のものは神に
 返しなさい。」という言葉です。なぜならローマ皇帝といえども神のもの
 だからです。絶大な権力を誇っていた皇帝を含めて、すべては神のものだ
 からです。


   「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」という言葉は、
 この世界も、その中で生きる私たち自身も、すべては神さまのものなので
 、み心に沿うような用い方をしなさいと言うことです。教会が伝道するの
 も、それが理由です。この世界とそこに生きる人たちを神さまに返すため
 です。


   主はまさにそのような生き方をされました。御自分の全てを神さまに返
 していかれました。その極みが十字架の出来事でした。それによって、私
 たちはいつまでも神さまの子で居れるようになりました。永遠の命をいた
 だきました。レントの時、主が私たちの為に、ご自分の全てを、命までも
 神さまに返された事の上に、私たちの毎日があることを、心に留めながら
 過ごしましょう。



2017年3月5日 マルコによる福音書12:1〜12  
         「神のご支配の中を」     田村 耕造


               

   農夫たちは、主人の跡取り息子を殺してしまいます。殺して、ブドウ園の外に放
 り出してしまいました。そのことについてこう記されています。「さて、このぶどう園
 の主人は、どうするだろうか。戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人た
 ちに与えるにちがいない。聖書にこう書いてあるのを読んだことがないのか。『家を
 建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。』」


   ここには全く相反する事が記されています。一つは、農夫たちが裁かれるのは
 確実だという事、もう一つは、農夫たちが救われるのも確実だという事です。矛盾
 しています。その事の説明がこの御言葉です。11節「これは、主がなさったことで、
 わたしたちの目には不思議に見える。」

 裁かれる他ない者が、裁かれない。その代わりに、罪のない者が裁かれる。ひど
 い罪を犯した者のように裁かれる。それによって、裁かれる他ない者が赦されるこ
 とになって、万事がうまくいくことになる。父なる神さまは、私たちを愛するゆえに、
 損得を超えて、私たちに尽くしてくださいます。それで、私たちの世界も、私たちの
 人生も何とか成り立ちます。



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