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これまでの説教

2017年1月29日 マルコによる福音書10:32〜45  
         「仕える者になりなさい」     田村 耕造


                  

   主は、弟子たちに向かって、どうしたら人より偉くなれるか、という
 思いを捨てて、「仕える者になりなさい。」と言われました。そして、「
 人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金
 として自分の命を献げるために来たのである。」と言われました。


    十字架の出来事が身代金の意味を持つと言われました。「身代金」と
 いう言葉は、誘拐事件を連想させます。罪に捕えられている私たちは、罪
 から解放されるための身代金を払わないと命が危うい事を良く言い表して
 います。だからこそ、主はご自分の命を身代金にして私たちを救おうとし
 て下さった。そうやって私たちに仕えて下さいました。


   罪に捕らわれる私たちは、自分の判断だけですと見当違いの事を願って
 しまいます。しかし、主はそういう私たちの為にこれ以上ない身代金を払
 って下さいました。ご自分の命を献げて下さいました。そして、私たちを
 罪から自由にして下さいました。私たちは、その恵みに与っています。で
 すから、神さまと教会に仕えようとする思いが私たちの心に生まれていま
 す。



2017年1月22日 マルコによる福音書10:17〜31  
         「神にはできる」     田村 耕造


                  

   ある人が真剣なまなざしで、主イエスに走り寄りました。この人は、
 自分の人生を良いものにしようと一所懸命でした。できることはすべてし
 ているつもりでした。しかし、主イエスの目にはまだできていないことが
 ありました。それで、このような事を言われました。…「持っているもの
 を売り払って、私に従って来なさい。」


   主は慈善事業を勧めておられるのではありません。無一文になれと言わ
 れたのでもありません。この人の人生を根底から変えようとされたのです
 。その為に、神さま以外に頼るものがない状況に身を置きなさいと言われ
 た。それが主イエスだけを頼りにすることにもなるからです。そして、永
 遠の命を得ることになるからです。


   しかし、この人は、悲しみながら去りました。その姿は、私たちすべて
 の者の姿です。私たちは自分の力では主に従うことができません。御心に
 かなう生き方ができません。しかし、神にはできます。神は、私たちの人
 生を土台から変えて下さり、主を頼りに生きようとする者に、神さまとの
 つながりを確信できる本格的な人生を歩める者に変えて下さいます。




2017年1月15日 マルコによる福音書10:13〜16  
         「子供のように」     田村 耕造


         

   人々が主から祝福を受けようとして子どもたちを連れてくると、弟子
 たちは追い払おうとしました。それを見て、主は珍しく声を荒げて弟子た
 ちを叱られました。そして、子どもたちに目をやりながら言われました。
 「神の国はこのような者たちのものである。」


    私たちは、神さまに受け入れていただくために、何もしていませんし
 、何もできない。その点で大人も子供と同じです。弟子たちも同じです。
 ただ、父なる神さまの恩寵によって、主の犠牲によって、私たちは神さま
 に受け入れていただけます。弟子たちはその事に気づいていませんでした
 。
   
幼子が親に身を委ねきって生きる姿の中に、神さまに受け入れられる 者の姿があります。アブラハムがそうであったように、年齢に関係なく子
 供のような心を持ち合わせることが大事です。その事は、私たちでは難し
 い事ですが、神さまによって、私たちのような者が、子供のような心で生
 きるようになることが起こります。



2017年1月8日 マルコによる福音書10:1〜12  
         「神に結び合わされて」     田村 耕造


         

   私たちは互いに心の中に頑固なものを持っています。共に生きるより
 、自分の思い通りにしたいと願ってしまいます。そういう男であり女が、
 共に生きていけるようになるために、主が十字架に向かってくださいまし
 た。
   そして、私たちの世界に、「赦し」を持ち込んでくださいました。

私たちは健康維持のために、体では作り出せないものについては、食事や
 補助食品で補おうとしますが、「赦し」というのは、まさにそう言うもの
 です。自分では作り出せないものです。外からの恵みとして頂く他ないも
 のです。


   そのためにしなければならないことがあります。それは、上を向くこと
 です。上を向いて、神さまが主によってしてくださっている事に心を留め
 るのです。赦されている恵みを生活の中心に置こうとするのです。そうす
 ることで、何とか周りの人と共に生きることができるようになります。




2017年1月1日 マルコによる福音書9:42〜29  
         「神の国に入るため」     田村 耕造


            

   主は、私たちが神さまとつながって生きることについて、もっと真剣
 であってほしいと切に願われました。それで、良き羊飼いらしく、神の恵
 みのご支配から迷い出る心配がある私たちを、厳しい言葉でもって、神の
 ご支配の中に導き入れようとされました。


   私たちは罪の歩みをしてしまう者ですが、それでも神さまは私たちを見
 捨てないばかりか、期待をかけて下さいます。「私はお前を信じているぞ
 」言ってくださいます。その〈神の真実〉に応えることが信仰に生きると
 いう事です。


   神さまが、全てをご支配しておられる中で、新しい年を迎えました。
 今年がどんな年になるか、私たちは分かっていません。しかし、神さまは
 分かっておられます。そして、私たちの歩みを最善なものにしようとして
 くださいます。その事を信じて、委ねて新しい年を歩み始めましょう。





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