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これまでの説教

2015年9月27日 ヨハネによる福音書15:11〜17
                       田村 耕造


                    

   私たちは、いろんな人間関係の中で生きていきますが、主イエスとの関
 係は特別です。私たち同士の場合は、持ちつ持たれつで、お互いに支えた
 り、支えられたりの関係ですが、主イエスとの関係では、一方的で、私た
 ちは与えてもらうだけです。主はご自分が持っているもの全てを惜しみな
 く与えて下さいました。


   主イエスは、私たちのような者を友として選んでくださいました。それ
 は、木と枝のことで言うなら、木の幹の方が枝に近づいて結びつこうとし
 たということです。あり得ない事ですが、それが起こりました。そして、
 ご自分が持っておられた大事なものを全て与えて下さいました。命まで与
 えて下さいました。


  「もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。…友と呼ぶ。父から聞
 いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。」(15節)主イエス
 は私たちの友として、私たちと何処までも歩みを共にして下さいます。季
 節が変わっても、年月が過ぎても、私たちの人生のどの時も友でいて下さ
 います。その事を信じて、主イエスを誰よりも信頼できる方、まことの友
 と信じて日々歩んで行きたい。




2015年9月20日 ヨハネによる福音書15:1〜11
                       田村 耕造


               

  神さまがお選びになったイスラエルの民は、まがい物のぶどうの木になっ
 てしまいました。主はその事を思いながら言われました。「わたしはまこ
 とのぶどうの木」それは、「私こそ、ぶどうの木」という意味です。そし
 て、言われました。「私につながっていなさい。そうすれば、その人の人
 生は豊かな実を結ぶようになる。」


  私たちはどういう人であれ、神さまの目には、枝のような存在です。枝は
 幹を離れては命を失います。枝自身では生きていけません。幹につながる
 なら生き生きと生きていけます。ですから、幹を必要としています。主イ
 エスを必要としています。


  主の言葉を信じて、主イエスという幹につながって生きようとするなら、
 父なる神さまが手入れしてくださいます。色々な出来事を通して、取り扱
 って下さいます。そして、私たちにふさわしい実り豊かな人生を歩ませて
 くださいます。それを信じて生きるのが、枝である私たちにふさわしい生
 き方です。




2015年9月13日 ヨハネによる福音書14:25〜31
                       田村 耕造


                

  主は「私は、わたしの平和を与える。それは、世が与えるのとは違う平和であ
る」そのようなことを言われた後、「さあ、立て。ここから出かけよう。」と言われま
した。不安を抱えながら歩もうとしている弟子たちに向かって、「皆、信仰をもって
出て行こう。」そう呼びかけられました。


  主が与えて下さる平和、それは、死を突き抜けた平和です。神さまとの闘い、
罪との闘いを終えている平和です。何が起こっても私たちを支える事ができる平
和です。そう言う平和を与えると言って下さった。


  礼拝が終わると、皆さんは礼拝堂を出て、この世での生活に向かって行かれ
ます。新しい一週間、それは、必ずしも嬉しいことばかりではないでしょう。心配な
事、不安な事が起こるかもしれない。しかし、その生活は、特別な平和を下さる主
が、先頭に立って導いてくださる生活です。その事を信じて、大きな平安をもって
歩み始めましょう。



2015年9月6日 ヨハネによる福音書14:15〜24
                       田村 耕造


                   

   主はご自分がいなくなってからの弟子たちのことが心配でなりませんで
 した。それで、自分がいなくなったら自分の代わりに弁護者を遣わすと言
 われました。そして、更に言われた。「わたしは、あなたがたをみなしご
 にはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。」それは、「私は
 、あなた方をどこまでも守り抜く。孤独でどうしようもない状況に放って
 おくことはない。」そう言われたのと同じでした。


  また言われました。「わたしを愛する人は、父に愛され…父とわたしとは
 その人のところに行き、一緒に住む。」天の父なる神さま、主イエスが家
 族のように一緒に過ごして下さる!それは、弟子たちを勇気づけ、不安を
 一掃するような言葉でした。昔のアライアンスの教会の中には、「内住の
 基督」という言葉を講壇に掲げていた教会があったことを思い出します。

  キリストの内住、神の内住。主はそれを約束して下さいました。何と心
 強いことでしょう。不確かな愛であっても、私たちなりに精一杯に主を愛
 そうとするなら、主イエスが、天の父なる神さまが私たちと一緒に住んで
下さいます。感謝です。励まされます。

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