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これまでの説教

2015年12月28日 ヨハネによる福音書18:28〜40  
         「時が満ちて」     田村 耕造

            待 降 節

           

  「あなた自身が一軒の家で、神がその家を建て直すつもりであなたの中に
 入って来て下さったのだと想像してみてください。はじめのうちは、あな
 たにも、神が何をしていらっしゃるのか、おおよそのことは理解できるで
 しょう。


   神は手始めに樋を直したり、屋根の雨漏りを止めたりしてくださいます
 。そういう修繕が必要だという事はあなたにも分っていますし、特に驚く
 こともないでしょう。ところが神はそのうちに、家全体をたたいたり、揺
 さぶったりし始められます。

 あなたは苦痛を感じ、どうにも納得できずに、なぜ、そんなことをなさる
 のかと理解に苦しむでしょう。


   神は、あなたが考えていたのとは、まるで違うたぐいの家を建て始めて
 おられるのです。こっちに新しい棟を付け足し、現在のものに更に何階か
 を加え、いくつかの塔を建て、中庭をしつらえるなど、神は実に様々なこ
 とをなさいます。あなた自身は、こじんまりした小住宅になるつもりだっ
 たのに、神は宮殿を建てようとしていらっしゃるのです。しかも御自身、
 そこに住まうおつもりなのです。
             「影の国に別れを告げて」CSルイス著より



2015年12月20日 ヨハネによる福音書18:12〜27  
         「時が満ちて」     田村 耕造


力を振るう

         “主はその腕で力を振るい、

            …身分の低い者を高く上げ、“


                       ルカ福音書1:51-52
                     

 神は

力をふりしぼり、

御子を闇の世に送り込み、

十字架に見捨てました。

 そのように、
 神が

全能の力を振るわなければ、

罪によって深淵に墜ちた私たちを
 引き上げることは
 できなかったのです。

             「聖句断想5」 小島誠志著より


2015年12月13日 ヨハネによる福音書18:12〜27  
         「弱さを抱えたままで」     田村 耕造


            

  ザカリアは、御使いの言葉(子どもを授かることになる)を信じる事
 ができなかったために、しばらく口がきけなくて沈黙の時を過ごしまし
 た。しかし、そのような時を過ごしたお蔭で、神さまのなさり方をその
 まま受け入れる事ができるようになりました。


  思えばぺトロも、おなじような道をたどったのではないかと思います。
 主を三度も知らないと言った後、ガリラヤに戻って漁師の生活をする時
期があったようですが、その期間は、それまでの自分を振り返る時となり
ました。そのお蔭で、弱さや破れがある自分をなお愛して下さる方として
、主イエスを知ったことでしょう。そして、神さまのご愛に気づかされた
ことでしょう。

   弱さや破れを抱えている私たちに、父なる神さまが心を注いでくださ
 っています。御子の誕生の出来事に、父なる神さまの私たちへの思いが詰
 まっていました。そのことに気づきたい。私たちも、ペトロがそうであっ
 たように、弱さを抱えたままで、愛されています。罪赦され生かされてい
 ます。そのために、主イエスはこの世に来てくださいました。十字架を目
 指してお生まれ下さいました。




2015年12月6日 ヨハネによる福音書18:1〜11  
         「捕えさせる」       田村 耕造


                   

   主イエスを捕えにやってきた人たちが、世を支配し御子をも支配してい
 るように見えました。しかし、本当はそれとはまるで反対でした。御子イ
 エスこそ、自分を捕えようとした人たちを、また世を支配しておられまし
 た。ですから、神さまのご計画通りに事が進みました。主イエスは捕えら
 れ、弟子たちは捕えられずに済みました。 


   主イエスは「わたしである。」と言える方です。神と等しい方です。そ
 ういう方として、御自分が逮捕される場を支配しておられました。ですか
 ら、捕えられたのではなく捕えさせておられました。それによって、神さ
 まのご計画が成っていくと信じておられた。それで、捕えられたなら殺さ
 れることが分かっておられたにもかかわらず、その道を自ら進んで行かれ
 ました。


   主は捕えられました。その後に十字架の出来事と三日目の甦りの出来事
 が続きました。そうした一連の出来事によって、まるで私たちが罪を償っ
 たかのようなことになりました。主イエスが捕えさせた出来事に、私たち
 の罪の償い、救いがありました。主は捕えさせ殺される出来事に向けてお
 生まれになりました。その出来事から、私たちに向けて光が差し込んでい
 ます。



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