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これまでの説教

2015年1月25日 ヨハネによる福音書7:10〜24
                         田村 耕造


            

  時は仮庵の祭りの時でした。人々がいつもに増して、神さまへの感謝の
 思いを持つ時でした。そのような時に、人々は主イエスに憎しみを覚え、
 殺さずにおれないという気持ちになりました。ヨハネの手紙一の御言葉を
 思い浮かべます。『「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者がいれ
 ば、それは偽り者です。目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神
 を愛することができません。』


  人々は、父なる神さまを愛し、み心に沿った生活をするために律法を重ん
 じようとしました。しかし、おかしなことが起こりました。神さまより、
 律法を崇めるような生活になりました。その為に、律法より神さまのみ心
 を第一にして生きようとされた主イエスを受け入れることができませんで
 した。

私たちの信仰生活は、自分を中心にして神さまを重んじることになりや
すいために、神さまがみ心に従ってお送り下さったイエスが分からないと
いう事が起こります。しかし、そういう者が、それでも父なる神さまに
つながって安心して生きていける道を、主イエスは創り出して下さいまし
た。その道に気づかせて下さいと祈りましょう。その道を何時も歩ませて
くださいと祈りましょう。



2015年1月18日 ヨハネによる福音書7:1〜9
                         田村 耕造


                 

   主イエスは、家族が気付かない程私たちの一人になって下さいました。
 しかし、そのために私たちは、主イエスを見誤ってしまいました。自分た
 ちが理解できる範囲の人のように考えてしまいました。ですから、主イエ
 スが、神さまにしかできない事をしようとしておられることが分かりませ
 んでした。


  ユダヤ社会の人々も、主イエスを小さく見積もってしまいました。それで
 、主イエスが、御自分によって新しい時代が訪れていることに気づかせる
 ために、あえて律法を破られたことに気づけませんでした。それどころか
 、主イエスに対して憎しみが生まれ、殺意を抱くに至りました。


  父なる神さまは、私たちの期待とは裏腹な方、力に溢れた救い主ではなく
 て、この世の力に屈した敗北者のような方を用いて私たちを救おうとされ
 ました。それによって、私たちが、神さまに向き合って生きる人生の喜び
 と平安を味わう事が出来るようにして下さいました。身に余る扱いです。
 その事に気づいて、感謝することからこの週も歩み始めましょう。




2015年1月11日 ヨハネによる福音書6:60〜71
                         田村 耕造

                 

 主イエスが最も伝えたい話をお始めになると、人々は急に主イエスから離
 れ出しました。しかし、主イエスは、その人たちを引き留めようとはされ
 ませんでした。見放したのではありません。離れていく人たち、弱い信仰
 にしか生きることができない人たちを、そのまま、罪あるままに受け止め
 られたからです。


  主イエスは、罪に生きる者を見捨てることが出来ない方です。それで、1
 3章に記されていますが、過越祭が近づいたある時、弟子たちの足を洗われ
 ました。ユダの足も洗われました。裏切られることを知っておられながら
 洗われました。罪に生きることになる弟子たちをそのまま受け止めました
 。


  主イエスは、私たちをあるがままに受け止めて下さいます。ご自分が十字
 架への道を歩みきることで、私たちのような者が、神さまから離れないで
 生きていく道が作り出せると信じおられたからです。事実、主の十字架へ
 の歩みによって、私たちは神さまから離れることがない人生が歩めるよう
 になりました。信じ感謝して主イエスから離れない歩みを続けましょう。



2014年1月4日 マタイによる福音書5:13〜16
                         田村 耕造


                  

   私たちは自分の日頃の姿を思うと、主イエスが言って下さるようなもの
 ではないと感じます。「地の塩、世の光」にはなれていないと感じます。
 しかし大事なことは、主イエスが見て下さっている私たちです。そこに私
 たちの本当の姿があります。主は、私たちの本当の姿を見ながら言って下
 さいました。「あなた方は地の塩、世の光である。」


  礼拝ごとに悔い改めなければならない私たちです。しかし、悔い改め続け
 ているという事は、神さまの事を忘れていないだけでなく、何とかして神
 さまのみ心に沿って生きることを願っているという事です。その心根がこ
 の世に向かって光を放ちます。


   新しい年を迎え、今年も良い年にしたいと願っています。目標を持って
 生きることは良いことです。しかし、もっと良いことは、私たちの一年を
 より良いものにしようとして下さる父なる神さまがおられる事を信じて生
 きようとすることです。私たちが生きようと思う以上に、天の父なる神さ
 まが私たちを生かそうとして下さっています。そのことを信じて、今年も
 共に歩んで行きましょう。



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