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これまでの説教

2014年8月31日 ヨハネによる福音書2:1〜12
                          田村 耕造


  花婿の家に6つの水かめが置か
れていました。その量は、一つに120リ
 ットル入っていたとすれば、全部で720リットル入っていたことになる。
 その事をめぐって、こんなやり取りを読んだことがあります。『「そん
 な大量のぶどう酒を宴会の席にいた人たちが飲めただろうか?」それに
 誰かが答えた。「いや飲みきれなかった。だから我々が今なおぶどう酒
 を飲むことが出来る。」』


  私たちが与る聖餐にはその言葉が当てはまります。主イエスが流された
 血潮は、私たちがいくら飲んでも飲み尽くすことが出来ない恵みに溢れ
 ています。それをいただくなら、生かされている感謝と喜びは尽きるこ
 とがない。底を突くことがない。自分の願いにまさる味な人生を歩むこ
 とになる。主が私たちの人生のただ中に来て下さったことによって、私
 たちの人生はそういうものに変えられています。


                



2014年8月24日 「支えのみ手」より
                          田村 耕造

               支えのみ手


 老後の生活というものは、若い頃に私どもの予想もできなかったような障
 害が、次々に起こってくるものです。私どもは、そのたびに地上の生活の
 残り少ないことを予告されるような気がして、しばしば焦ったり、悲しん
だり、腹を立てたり、あるいはあきらめたり、無気力になったりしがちで
 す。しかし、そういう私どもに、神はイエス・キリストのみ手を通して、
 神のみ手がどんなに力にみち、愛とはげましと保護に満ちているかをお
 示しになるのです。


  そして、今の地上の時は、ただ私どもに偶然貸し与えられているのではな
 く、終わりの日、神の国に入れられる日に向かっての、備えの時として、
 神の愛を信じ、祈ることを学び、望むことを教えられるために、貸し与え
 られているのだ、ということをお示し下さるのです。私どもは、老後の生
 活を通しても神の国入れられる備えをすることを赦されているのです。神
 の力強い励ましのみ手は、絶望しがちな老後の私どもを支えて、望みに生
 きる者にして下さいます。


                   



2014年8月17日 「祈るヨブ」より
                          田村 耕造


            神が敵でも神に祈る

  祈っても祈っても神が答えてくださらないと思う時、どう考えても理不
 尽で、何故自分だけがこんなに苦しまなければならないと思う時、神は不
 公平であり、自分の保護者ではなく自分の敵でしかないと思われる時、私
 どもの祈りの闘いが限界に達し、途方に暮れる時、それでもその神に涙を
 注ぎだし、その神に向かって祈る。それが今回学ぶ第一の事柄です。


  第二に感ずることは、ヨブの信頼が、大きな試みのもとに揺れ動きなが
 らも、続いていたのだという事です。それは一貫した思いです。但し、決
 して、微動だにしない英雄のような信仰ではありません。大揺れに揺れて
 、神を自分の敵と感ずるほど揺れる中で、自分の本当の姿を知っておられ
 る方は神しかいないと言う信頼に立ち戻ったのです。信仰とは、そのよう
 に、揺れながらも続いていくものであり、信仰生活とは、そのように、そ
 の都度新たに神に信頼を置く生活です。


                               



2014年8月10日 詩篇16:8〜11
                          田村 耕造



                    

                いのちの道をゆく者であれ


  人間は本来神につくられたものとして終りをもつ存在です。ですから時
 がくれば神は私どもの地上の生命に終止符をうたれます。しかしそれは、
 神のみ手による地上の生命の終焉であるゆえに、神はその時にも私どもの
 保護者であることに変わりはないのです。私どもにとって、敵にかこまれ
 たように一見思える死の状況は、ほんとうは神によって起こされているの
 であって、神はやはりその時も、私どもの右に私どもの保護者として立っ
 ていてくださるのです。そして、私どもが動転せずにその状況に対処でき
 るように助けてくださるのです。ふつうなら動転せざるを得ないような死
 の状況の中で、なお動揺することなく心を安んじていられるのは、それが
 神のみ手によって起こされ、神のみ手の助けの中で起こっていることだと
 信じるからなのです。


                            「いのちの道をゆく者」より



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