l>
TOP
教会の紹介
牧師の プロフィール
集会案内
年間行事
最新のご案内
これまでの説教

フォトギャラリー
アクセス・地図
リンク
これまでの説教

2014年11月30日 ヨハネ福音書6:1〜21
                         田村 耕造


                 

  主イエスは5つのパンと2匹の魚を用いて1万人もの人たちのお腹を満たさ
 れました。信じられないような出来事です。しかし、4つの福音書すべてに
 記されています。それは、福音を伝えるのに欠かせなくものがこの出来事
 にあったからです。それだけでなく、ここに記されたような書き方が決し
 て大げさでないような出来事が実際起こったからです。実に多くの人々が
 身も心も満たされる出来事が現に起こった。


  不思議な出来事は、天の父なる神さまが私たちの日ごとの糧にも関わって
 下さること、私たちを養う力を確かに持っておられることを証しています
 。精神的な面だけでなく、日々の暮らしそのものを支えて下さることを証
 しています。そのことを、代々のキリスト教会は、ここの出来事を読むた
 びに思い起こしては励まされてきました。


  私たちは、それぞれに何らかの不安や恐れの気持ちを持ちながら生きてい
 ます。しかし、そういう私たちに向かって今日の聖書は語りかけてきます
 。「不安や恐れから解放されなさい。あなた方のことでは、あなた方以上
 に、天の父なる神さまが心配しておられる。そして実際養う力を持ってお
 られる。」天の父なる神さまは、私たちを不安や恐れから救い出す為に着
 々と事を進めておられます。クリスマスはそのことが誰の目にも見えるよ
 うにされた出来事でした。




2014年11月23日 ヨハネ福音書5:31〜47
                         田村 耕造


                    

   今月の信仰入門のパンフレットの中に、このような事が書かれていまし
 た。「私たちは今この目でイエスを見て、この手でイエスに触れることは
 できません。しかし、かつてイエスに接して感激し、その人生をすっかり
 変えた人達がイエスをほめたたえた言葉として聖書があります。その聖書
 を通してイエスの人格に接します。その時、その時です。イエスの人格を
 突き抜けて触れるものがある。がしっ!と行きあたるお方がおられる。そ
 れが神であります。」


   主イエスを知ることによって、父なる神さまを知り、人生を知ることに
 なります。それこそ、がしっ!と知ることになります。そして、気が付け
 ば自分が一番願っていた生き方が始まっているという事が起こります。今
 が一番いいと言える者に変えられます。

  クリスマス・シーズンを迎えます。クリスマスの出来事によって、変え
 られている自分を見出したいと思います。私たちは、体幹を鍛えたスポー
 ツ選手のように、体の軸がしっかりした歩みが出来る者に変えられていま
 す。色々なことがあっても、平静を保てる歩みが出来るようにされていま
 す。主イエスと共に父なる神さまが働いておられたことを信じる者にされ
 たからです。私たちのために父なる神さまがおられるのを見い出したから
 です。




2014年11月16日 ヨハネ福音書5:19〜30
                         田村 耕造


          

  目に見えない神さまを信じることは、易しいことではありません。
 しかし、主イエスを見ることで、目に見えない神さまを信じることができ
 るようにしていただいています。主イエスはその事を伝えようとして、「
 はっきり言っておく」という言い方を繰り返されました。それは、〈私の
 言葉は真実です〉という意味です。主イエスは、頑な人たちに、自分の存
 在をかけて真実を語ろうとされました。


  主は言われました。「わたしの言葉を聞いて、父なる神さまを信じる者は
 、永遠の命を今得ている。また、裁かれることなく、死から命へと既に移
 っている。」主イエスが言われたいろいろな話や言葉を一つでも心の支え
 にして生きようとしているなら、その人は新しい命に生きている。永遠の
 命に生きている。父なる神さまとしっかりつながって、豊かな人生を生き
 ているのです。


  私たちは振り返ると、神さまのお蔭で、自分が思いもしなかった恵みを
 味わわせていただいています。お金では買えない豊かさを味わわせていた
 だいています。主イエスは、私たちが知らない種類の豊かな人生に、存在
 をかけて言葉を尽くして導き入れようとして下さっています。その主の言
 葉に真実を感じ取れる人は幸いです。




2014年11月9日 ヨハネ福音書5:1〜18
                         田村 耕造


   何かの病を抱えていたため38年もの間、自力では自由に動けなかった人
 が、主によって癒され歩けるようになりました。その人にすれば、それで
 十分幸せでした。しかし、主イエスは、まだその人全体が健康になったと
 は見ておられませんでした。それで、再会した時に言われました。「あな
 たは良くなった。もう罪を犯さないように。」


  それは、「あなたは私と関わりを持ったので良くなった。神さまの恵み
 を身を持って知った。これからは、その恵みを土台にして生きて行きなさ
 い。神さまに背を向けた生き方をやめて、神さまに向き合った人生を歩み
 なさい。今のあなたならそれが出来る!あなたは良くなったのだから。」
 という事でした。


   星野富弘さんの作品に、こういう詩があります。…「いのちが、一番大
 切だと思っていた時、生きるのが苦しかった。けれども、命より大切なも
 のがあると知った日、生きているのが嬉しくなった。」主イエスは、まさ
 に「命より大切なもの」を見つめながら、「罪を犯さないように」と言わ
 れました。「良くなった人らしい人生を歩みなさい。生きていることに嬉
 しさを覚えるような人生を歩みなさい。」と言われました。

 
                



2014年11月9日 幼児子ども祝福式
                          


             『子供が喜ぶことをしてあげる』
     

         


  お母さん方に、「赤ちゃんをどう育てればいいのでしょう」「何をして
 あげれば一番いいのでしょう」と聞かれる時、私はいつもこう答えていま
 す。「お母さんは、子どもが一番喜ぶことをしてあげてください。」

  単純な事だと思いませんか?けれど、多くのお母さんは、「喜ぶことばか
 りしてはいけないのではないか」とお考えになるようです。けれどそれは
 違います。「子どもが一番喜ぶことをしてあげること」とは、その子がや
 がて社会の中で生きていく上で一番大事な「社会性」の土台を作ることだ
 からです。


  「赤ちゃんが喜ぶこと」とは何でしょう。あげればきりがありませんね。
 抱っこしてもらう。高い高いをしてもらう。いないいないばあをしてもら
 う。etc。赤ちゃんはどれも大好きで、してもらえばうんと喜びます。

  あれこれお母さんにしてもらったことを、赤ちゃんがずっと覚えている訳
 ではありません。けれど、お母さんが、「子どもを喜ばせよう」と、一途
 に考えて育てた子は、乳児期を過ぎ、幼児期から少年期になっても、非常
 に気持ちが安定し、思いやりがある子どもたちに育っていくようです。

             
                           佐々木正美(児童精神科医)



2014年11月2日 ベテル修養会
                          


             苦しみを越えて
        (南北戦争、南軍の無名戦士の詩)

 大きな事を成し遂げるために力を与えて欲しいと神に求めたのに、
  謙遜を学ぶように弱い者とされた。

  より偉大なことができるように健康を求めたのに、
  より良いことができるようにと病弱をいただいた。


 幸せになろうとして富を求めたのに、
  賢明であるようにと貧しさを授かった。

 世の人々の称讃を得ようとして力を求めたのに、
  神を求め続けるようにと弱さを授かった。

 人生を楽しもうとあらゆるものを求めたのに、
  あらゆることを楽しめるようにと生命を授かった。

 求めたものは一つとして与えられなかったが、
  願いはすべて聞きとどけられた。
 

   み心に沿えない者であるにもかかわらず、
  言い表せなかった祈りもすべて叶えられた。
  私はあらゆる人の中で最も豊かに祝福されたのだ。


                 

2014年   10月2014年    9月
2014年   8月2014年   7月2014年   6月
2014年   5月

2014年   4月
2014年   3月
2014年   2月
2014年   1月


2013年  12月
2013年  11月
2013年  10月
2013年  9月

2013年  8月

2013年  7月
2013年  6月
2013年  5月
2013年  4月
2013年  3月
2013年  2月
2013年  1月






  

2012年  12月
2012年  11月
2012年  10月
2012年  9月
2012年  8
2012年  7月
2012年  6月
2012年  5月
2012年  4月
2012年  3月
2012年   2月
2012年  1月