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これまでの説教

2013年6月30日 ルカによる福音書20:41〜44
                            田村耕造



   主イエスは、ダビデの血を引く方で、人々の生活を変える方でしたが、その方
 法においても、内容においても、ダビデ王とはおよそ違うやり方で事を成し遂げる
 方でした。その事に人々が気づくことを願って、意外な事を言われました。ダビデ  王の子孫であることを否定するような事を言われました。


  主イエスは、私たちが期待したようなことはなさいませんでした。しかし、天の父
 なる神さまが願われたことはなさいました。私たちにどうしても必要な「救い」をもた
 らして下さいました。神さまとの関係を取り戻せるようにしてくださいました。どういう
 事が起こってもやっていける心の拠り所を下さいました。


  主イエスは、ただのダビデ王の子孫ではありませんでした。私たちが思いもしな
 かった方でした。主イエスは、ダビデ王とは正反対のような生涯を辿ることで、何が
 起こってもやっていける心の拠り所を私たちに示して下さいました。父なる神さまを
 信頼するなら、私たちは守られ支えられてやっていける。その人生の秘訣を教えて
 くださいました。


            



2013年6月23日 ルカによる福音書20:27〜40
                            田村耕造



  サドカイ派の人たちは、旧約聖書の初めの五つの書だけを重んじていた
 ために復活を信じていませんでした。それで、主イエスにこんな質問をし
 ました。「7人の兄弟がいた。律法に従ったことで、7人の兄弟が、一人の
 女性と結婚することが起こった。復活の時、女性は誰の妻になるのか?」

 それに対して、主イエスはこのような事を言われました。「復活が起こる
 時は、たとえば、人はめとったり嫁いだりすることはなくなる。」この世
 の基準や、今行なわれていることが何時までも続くように考えてはいけな
 いということです。復活によって、私たちは全く新しい世界に生きる事
 になるからです。


  主イエスは、サドカイ派の人たちの質問をきっかけに、人はこの世でも次
 の世でも神さまによって生きるものだという事を示そうとされました。神
 さまは、神さまを頼りに生きようとする者に永遠の命をくださいます。神
 さまとのゆるぎない関係を下さいます。その事を信じて、神さまに生かさ
 れることを信じ願う者にされたい。


                               



2013年6月16日 ルカによる福音書20:20〜26
                            田村耕造



   律法学者たちや祭司長たちには、救い主についての自分たちなりの理解
 がありました。それが災いして、主イエスがなさった話や業を素直に聞く
 ことができませんでした。主イエスはユダヤ社会の伝統的な信仰生活を崩
 す者に思えました。それで主イエスをユダヤ社会から除こうとしました。


  その思いから、どのような返事をしても主イエスが不利になる質問をしま
 した。「私たちが皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか
 、適っていないでしょうか。」それに対して、主イエスはデナリオン銀貨
 を見つめながら言われました。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返
 しなさい。」


  私たちは、目に見える形で力を振るっている人たちのものではなく、目に
 は見えなくても、この世界を昔も今もこれからも治めておられる父なる神
 さまのものです。父なる神さまは、私たちのために、時間をかけて、手順
 を踏んで主イエスを与えて下さいました。ですから、命と人生を父なる神
 さまにお返しする人生が私たちにはふさわしい事です。


                             



2013年6月9日 ルカによる福音書20:9〜19
                            田村耕造



            

  主イエスは、あるブドウ園のたとえ話をされました。主人は、収穫の時
 になったので、僕をぶどう園の農夫のもとに送りました。しかし、送った
 僕はいずれも怪我をして帰ってきました。それでも、僕を送り続けました
 。最後には自分の息子を送りましたが、殺されてしまいました。


  ぶどう園の主人は、神さまです。ぶどう園は、イスラエルの国です。農夫
 は律法学者や祭司長たちです。僕は預言者です。主人の息子とは主イエス
 です。農夫が主人の僕を傷つけ、主人の息子を殺しますが、それはまさし
 く、イスラエルの民の歴史です。人々は預言者たちの言葉も主イエスの言
 葉も聴きませんでした。


  主は人々に向かってみ言葉を引用されました。『家を建てる者の捨てた石
 、これが隅の親石となった。』人が吟味して捨てた石が、人々には無くて
 ならない石になりました。それは、主イエスの事を指しています。主イエ
 スは人々に捨てられ、殺されることで、人々にとってなくてならない方に
 なられました。人々の人生に決定的な影響を与える方になられました。そ
 れが神さまのなさり方です。




2013年6月2日 ルカによる福音書20:1〜8
                            田村耕造



   ある時、神殿の境内で主イエスが、神さまから権威を委ねられた祭司長
 たちを無視したような事をなさいました。祭司長たちは、主イエスに尋ね
 ました。「あなたは、一体何の権威で神殿で乱暴な振る舞いをしたのか」
 それは言い換えると、われわれの許可なしに神殿で勝手な事をしてもら
 っては困るということでした。


  主イエスは、祭司長たちに対して、逆に質問されました。「ヨハネは、
 天からの権威によって人々に洗礼を授けていたのか。それとも、ヨハネ自
 身の権威で授けていたのか。」どう答えたとしても、結果は祭司長たちに
 不利でした。それで、彼らは答えました。「自分たちには分からない。」

  主イエスは、私たちに問うておられます。「天からの権威が、あなた方の
 ためにもたらされたことで、あなた方の権威の座を、神さまに明け渡さな
 ければならなくなっている事に気づいているだろうか。」と。主イエスは
 天からの権威です。この方の権威を受け入れることが、私たちにとって一
 番良い事なので、受け入れて欲しい。それが私たちの神さまの願いです。

   

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