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2013年10月20日 ベテル秋の修養会(講師著書より)
                            



                教会はキリストの復活の体

  枝は、幹につながっていなければ生きて実を結ぶことはできません。水分
 も養分も得られず、枯れてしまいます。その枝が信仰者であり、幹が主イ
 エス・キリストです。そして、木の全体が、復活された主の体である教会
 であると言えるでしょう。教会という主キリストの体につながっていてこ
 そ、人はキリスト者であるのです。


  み言葉の栄養をいただいて生きる事ができます。個人の信仰が先にあるの
 ではありません。何よりも先に主の復活の体である教会が立てられました
 。私たちはそこにつながります。そうして、信仰が与えられます。キリス
 ト者となるのです。


  ですから、一番大切なのは、聖書をどれくらい読んでいるかといった事で
 はありません。信仰について、教会について、どれだけ知っているか、で
 もないし、どれくらい教会で奉仕をし、献金して貢献しているかという事
 でもありません。幹でいらっしゃる主キリストにつながってることが肝心
 です。つまり教会から離れないこと、主の日の礼拝を守り続ける事が最も
 重要なのです。そうすれば主が聖霊を通して命のみ言葉をくださいます。
                         「教会に生きる」楠本史郎著 より

                           


2013年10月13日 ルカによる福音書22:63〜71
                            田村耕造


   ユダヤ社会は、ついに主イエスを、何の役に立たない人間だと結論付けました
 。何の力もない男だと判断しました。それで、たたいたり、ちょうろうして侮辱しまし
 た。主イエスに大きな期待をかけた分、主イエスを馬鹿にせずにおれませんでした
 。そして、裁き始めました。


  夜が明けると、主は最高法院に連れ出されて尋問を受けました。そこで問われ
 ました。一つは、「お前はメシアか」、もう一つは、「お前は神の子か」という事でした
 。言い方は違いますが、同じことを尋ねています。それは、お前は本当に私たちを
 救うことが出来るのかという事でした。


  主はお答えになりました。「今から後、人の子は全能の神の右に座る。」それは、
 凡ての人が救われることを願う言葉でした。私はあなた方のために執り成しをする
 ので、あなた方は罪人の扱いを受けることはない!あなた方は自分中心で身勝手
 な行動をしてしまう者だけれど、それでも赦される。私がその道を造る。そういう私
 たちへのいつくしみの思いがあふれた言葉でした。


                               



2013年10月6日 ルカによる福音書22:54〜62
                            田村耕造


          

  ぺトロは、大祭司の中庭にいた時、「この人もイエスと一緒にいた。」
 と言われて、身の危険を感じ繰り返し主を否みました。三度目に「イエス
 を知らない」と言った時、鶏が鳴き、主イエスの眼差しに気づきました。
 ぺトロは、主を裏切った事を悔いる気持ちから、いたたまれなくなって中
 庭を出て激しく泣きました。


  ぺトロを見つめられた主イエスの眼差しは、ぺトロをいとおしく思う思い
 で溢れていました。主イエスは、ぺトロを見捨てないばかりか、変わらな い心でぺトロを見ておられました。それを感じて、ぺトロは泣きながら喜
 びを深くかみしめました。


  私たちも、ぺトロのように、何かと失敗をしてしまう者です。しかし、そ
 ういう私たちに、主の眼差しが注がれています。ぺトロに注がれたのと同
 じ眼差しです。慈愛に溢れた眼差しです。主は、自分の命を捨ててでも、
 私たちを支えようとして下さいました。この主によって、私たちはどんな
 時も神さまとの関係を失わない者にされています。

  


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