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これまでの説教

2012年4月29日 ルカによる福音書 9:1〜9
                            田村耕造


  ヘロデが、ガリラヤ地方を治めていた時代、12弟子は主イエスによって
 伝道に遣わされました。その際、主は「何も持って行ってはならない。」
 と言われました。それは、父なる神さまが支えて下さることを信じて、
 自分たちがすべきことに励みなさいという事でした。


  弟子たちの伝道は大きな成果を上げました。それで、ヘロデは不安を覚え
 弟子たちを遣わした主イエスに会いたいと思いました。主が囚われの身に
 なっている時、ヘロデは主イエスに会うことができ、無力な人物に思えた
 ので安心しました。十字架の出来事でその思いは一層確かになりました。

  しかし、ヘロデに安心をもたらした十字架とその後の復活の出来事によっ
 て、ヘロデが恐れていたことが起こりました。主を遣わさせた方が、ヘロ
 デに勝る力をもっておられることが示されました。私たちもこの方によっ
 て、今の生活へと遣わされています。ですから、父なる神さまに支えられ
 守られる生活をしています。


            




2012年4月22日 ルカによる福音書 8:40〜56
                            田村耕造


  会堂長ヤイロの愛娘(12歳)が危篤状態に陥っていました。主イエスに
 頼み込みました。主がヤイロの家に向かうに手間どっておられるうちに、
 使いの者が愛娘の死を告げました。しかし、主は言われました。「恐れる
 ことはない、ただ信じなさい。」

 主がヤイロの家に向かわれる途中、重い婦人病を抱えた女性が、群衆に
 紛れて、ひそかに主イエスの衣に触れました。女性はすぐに癒されたのを
 感じました。主はそっと帰ろうとした女性を見つけ出して言われました。
 「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」

 「信じなさい」「あなたの信仰があなたを救った。」との主の言葉は、
 いずれも神さまにつながる言葉です。主は、私たちの願いに応えて下さる
 時もそうでない時も、私たちを父なる神さまに結び付けようとして下さい
 ます。その方に日々支えられています。そのことを信じて、安心していつ
 もの生活に向かって行きましょう。


                       




2012年4月15日 ルカによる福音書 8:26〜39
                            田村耕造


  主イエスは、向こう岸に渡ろうと言われました。そこはゲラサ人の住む
 所、神さまを信じていない人たちが住むところでした。しかし、一人の悪
 霊に取りつかれた人がいたので、主は嵐に会い命の危険に遭遇しながらそ
 こに向かわれました。

 主イエスがその地に着くと、悪霊に取りつかれた男がやってきて言いま
 した。「私に構わないでくれ。」そして、主イエスにかなわないのを悟る
 と、豚の中に入らせてくれと願いました。すると、豚は走り出して崖から
 湖に落ちて溺れ死にました。それによって、男は正気を取り戻しました。

  男は、墓を住まいとしていました。人間関係を失って生きていました。
 自分を見失った人生を歩んでいました。しかし、主イエスが近づいて下さ
 ったことで変えられました。正気を取り戻しました。自分を取り戻しまし
 た。私たちもこの男と同じではないでしょうか。主イエスを知ることで、
 父なる神さまを知り、自分らしく生きる道を見出したからです。

                       



2012年4月8日 マルコによる福音書 16:1〜8
                            田村耕造

     
            三日目のよみがえり

  キリスト教で言うよみがえり(復活)とは、もう一度もとの状態に戻るこ
 とではなく、新しい命、滅びることのない命に移されることです。
 このようなイエスのよみがえりを抜きにしては、キリスト教はあり得ない
 し、教会が存在することもないというほどに、これは信仰の中心的な事柄
 なのです。

  しかしこれは、多くの人々がすぐに信じることができるものではありま
 せん。福音書を見ても、弟子たちは、主イエスから何度もよみがえりにつ
 いて教えられていたにもかかわらず、イエスの死体をおさめた墓が空にな
 っているのを見たとき、すぐにはイエスはよみがえられたことを信じるこ
 とができませんでした。

  しかし、使徒言行録では、弟子たちが、力強く主イエスの復活を宣べる
 伝道の業ために各地に出かけ、教会を建設することに命をかけた、という
 大きく変化した姿を見ることができます。

  よみがえられたイエスとの出会いによって、人間の常識や理性をはるか
 に越えた新しい命(復活の命)の存在を、事実として知ることができたから
 です。

            「私たちの信仰」久野 牧著より





2012年4月1日 ルによる福音書 8:22〜25
                            田村耕造


  ガリラヤ湖は、周囲が小高い丘になっていて、すり鉢の底に湖が位置
 しているような形のため、突風が吹くと、静かな湖面が急に荒れることが
 起こりました。ある時、主イエスの一行が湖を渡っている時、突風が吹い
 て嵐になりました。弟子たちは身の危険を感じて、主イエスに助けを求め
 ました。

 
 その時、眠っておられた主イエスは、起き上がって、あわてる弟子たち
 に向かって言われました。「あなた方の信仰はどこにあるのか。」それは
 《神さまはいつも共にいて下さることを信じて生きているのに、何故この
 時は一緒にいて下さらないと考えるのか。》ということでした。

 
 嵐の中、主イエスが舟の中に一緒におられました。そういう仕方で、
 神さまは弟子たちと共にいて下さいました。
  神さまが一緒にいて下さる人生にも嵐のような事は起こります。しかし
 そのような事が起こったとしても、神さまが私たちと共にいて下さること
 に変わりはありません。
 そのことを信じる歩みを続けていきましょう。

         




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