TOP
教会の紹介
牧師の プロフィール
集会案内
年間行事
最新のご案内
これまでの説教

フォトギャラリー
アクセス・地図
リンク
これまでの説教

2012年11月25日 ルによる福音書 13:22〜30
                            田村耕造


   主イエスが死を覚悟してエルサレムを目指しておられる時、ある人が尋
 ねました。「先生、救われる人は少ないのでしょうか。」この人は、自分
 が救われることは確かだと勝手に思い込んでいました。しかし、主イエス
 は心配でたまりませんでした。それで、厳しい事を言われました。

「戸が閉まってからでは、いくら戸をたたいて『開けてください』と言っ
 ても、『お前たちのことは知らない』と言われる。」救いの戸はいつまで
 も開いている訳ではない。願えばいつでも救っていただける訳ではない。
 ですから、救われることについては、自分が願えばいつでも可能だと勝手
 に考えないように!ということです。


   み言葉を聴くのに時があり、救いにあずかるのに時があります。そのこ
 とをわきまえないで、自分のペースでみ言葉を聞こうとしがちな私たちの
 ために、主はエルサレムに向かって下さいました。そして、私たちの罪を
 償ってくださいました。その業が私たちの日々を支えています。


                   



2012年11月18日 ルによる福音書 13:10〜21
                            田村耕造

              
  ある安息日、主イエスが会堂で語られ、一人の女の病を癒されました。
 女は喜び神さまを讃美しました。女にとって、安息日は文字通り安息を得
 る日となりました。しかし、会堂長は、安息日のきまりが破られたことが
 我慢ならなくて腹を立てました。人々の思いも会堂長と同じであったよう
 に思われます。


  そこで、主イエスは、会堂長と人々に向けて言われました。「あなた方の
 安息日の守り方は、あなた方一人一人のことを律法より大事に考えて下さ
 っている神さまのみ心からかけ離れている。」主イエスにとって、安息日
 は、禁止されたことをただ守る日ではなく、神さまが喜ばれる事が行われ
 ることを目指す日でした。


  主イエスはその後でからし種の話をされました。女の身に起こったことは
 喜ぶべきことでした。しかし、会堂長は喜びませんでした。そのように、
 神さまのなさることは必ずしも歓迎されません。反対されたり拒まれたり
 もします。それでも大きく広がっていきます。主の業は、ガリラヤ湖から
 世界に広がりました。からし種の成長に似た広がりです。


                                        



2012年11月11日 ルによる福音書 13:1〜9
                            田村耕造


  主イエスは、「悔い改めなさい」という言葉を繰り返されました。その
 意味を教えるためにたとえ話をされました。植えて3年経っても実を付け
 なかったいちじくの木の話です。畑の持主は切ってしまえと言いました。
 しかし、管理していた園丁はもう一年待ってくださいと言いました。


  園丁はいちじくの木を守ろうとしています。一年後に実がなっていなくて
 も木が切られることに反対するように思えます。そういう園丁に主イエス
 を見ることが出来ます。切られても仕方がない木のように、なかなか実を
 実らせない私たちです。しかし、そうだからこそ、主イエスは私たちを守
 ろうとして言われました。「悔い改めなさい!」


  私たちは実り少なく罪が沢山伴う生活をしてしまいます。そのことで、き
 ちんとした償いが出来ていませんが、今の暮らしができています。主イエ
 スが天の父なる神さまに対して執り成しをしてくださっているからです。
 私たちを守って下さっているからです。それに気づいて、悔い改めを伴
 う日々を過ごしましょう。


                  



2012年11月4日 ルによる福音書 12:54〜59
                            田村耕造


  主イエスは群衆に向かって言われました。「あなた方は、空や地の模様
 は見分けられるのに、どうして、神さまが今という時に特別働いておられ
 るのを見分けられないのか。」主イエスが遣わされたことで、この世界は
 特別な「時」を迎えました。しかし、人々はそれに気づいていませんでし
 た。主はそれを嘆かれました。


  主イエスの言動は人々を捉えました。自分たちを救えるのはこの人かもし
 れないと思い始めた。しかし、その思いを貫くことが出来なかった。律法
 の専門家たちの反イエスの考えに影響されたからです。しかし、それだけ
 でなく、主イエスを天候程自分の生活に関係深い方だとは思わなかったか
 らです。


  天候を見分けることは、仕事によっては死活問題です。そのように、私た
 ちにとっての死活問題があります。それは、私たちは、神さまの前に訴え
 られても仕方がない者なのに、ただ、主イエス・キリストを信じるだけで
 罪がない者と見て頂ける。それだけでなく、祝福された人生を歩めるよう
 にして頂ける。それを信じるかどうかは、死活問題です。


                    

2012年  10月
2012年  9月
2012年  8
2012年  7月
2012年  6月
2012年  5月
2012年  4月
2012年  3月
2012年   2月
2012年  1月


2011年  12月
2011年  11月

2011年  10月

2011年  9月

2011年  7月

2011年  6月

2011年  5月

2011年  4月

2011年  3月

2011年  2月

2011年  1月